今日は、大好きなおばあちゃんの88歳の誕生日です!!
88歳といったら、そう!
『米寿』なんですね〜

一般的に『米寿』でどういうお祝いをするかは知らないんですが、今週末にはおばあちゃんが好きなお刺身を食べにいくことにしました

よくいくお店なのですが、そのほうが落ち着くので、おばあちゃんにとって良いようです。
東京に住んでいる弟も、正月にバイトで帰って来れなかったのですが、今回これに合わせて実家に帰ってきました。
おばあちゃんには内緒なので、ちょっとしたサプライズです

きっと、すご〜く喜ぶと思います

泣いちゃうかもしれない...

おばあちゃんは私が尊敬する人の1人です。
いまはもう腰も曲がってちっちゃくなっちゃって、耳もだいぶ遠くなってきたけど、まだまだ頭はしっかりしています!!
いまだに炊事・洗濯など家事全般やってるし、時間を見つけては庭の手入れもやってます。
この前は「初めて庭に大根を植えて収穫した」といって、ニコニコして話してくれました

戦後に、おじいちゃんは戦争の影響で病気になり、母がまだ赤ちゃんの頃に亡くなりました。
亡くなる時、母を含めて子供3人いるにも関わらず、おばあちゃんは「ついてきて欲しい」とおじいちゃんに頼まれたそうです。
子供はどうにかしてでも生きていけるから、「いっしょに死んでほしい」と。
これって、「最大のわがまま」ですよね

母はよく「あきれるよね

」といってこの話をしてくれます。
でも、そういうことを言えるくらいの愛の深さというか、それほどおばあちゃんといっしょにいたかった、離れたくなかったということなんだと私は思ってます。
そして、愛する人のそういう申し出を子供達のために拒んだ当時のおばあちゃんの気持ちを考えると胸がつまります...。
おばあちゃんは子供のために生き残ることを選択し、『未亡人の嫁』という辛い立場にいながら、おじいちゃんの家を守り抜きました。
働きながら、お姑さんと子供3人の面倒をみて、踏ん張って生きてきた人です。
もともと強い人だから...とかじゃないと思います。
家を追い出されそうになっても、子供をバラバラに引き取られそうになっても、必死で子供とおじいちゃんの家を守り抜かなきゃいけなかった。
生きていくために、強くなるしかなかったんです。
母はもう10年以上前から、1〜2週に1度は、片道1時間半かけて、おばあちゃんちに行くようにしてます。
私もいっしょに行くようにしています。
おばあちゃんは私のことを、まるで自分のことのように喜んでくれたり、心配してくれたりします。
おばあちゃんにとってみれば、私が存在し、私自身の望む生き方をしていることがそれだけで孝行になっているのかもしれません。
逆に、私にとってみれば、おばあちゃんが存在してくれるだけで、ただそれだけで安心します

何もできなくなっても、たとえボケちゃっても、おばあちゃんには出来るだけ長く生きていて欲しいんです。
今の平均寿命とかはまったく知らないけれど、私はまだまだおばあちゃんといっしょに年をとっていくつもりです。
春はお花見行って、秋はコスモスや紅葉を見に行って。
たまには外でお昼をたべたり。
88歳、末広がりの良い歳です!
おばあちゃん、これからもずっとずっと長生きしてね
